イメージフォーラム・フェスティバル2017
ゴールデンウィーク、特に予定もなかったので、イメージフォーラム・フェスティバルでドキュメンタリーを鑑賞。
『陽の当たる町』(ラティ・オネリ監督/2017)
グルジア西部の都市・チアトゥラを舞台に描くドキュメンタリー。映画祭リーフレットの作品紹介によると、この都市は以前は世界で使用する半分近くのマンガン産出地だったが、現在はほぼ資源が枯渇してしまっているらしい。実際、映画本編を観ると、このあたりの細かい情報についての言及はない。しかし、見るからに町の風景(公的施設やアパート、炭鉱のリフトなど…)は、レトロ(それもあえて演出したレトロではなくて本当に歳月が経って朽ちている感満載)である。何人かの登場人物をカメラは追いかけ、彼らの生活を淡々と捉える映像はドラマチックではないのだが、なぜか結構面白く見れてしまう。それはきっと、グルジアの生活、さびれた炭鉱の様子、休日に演劇クラブに参加する鉱夫の姿など、映画のうつるものすべてがとても興味深いからだと思う。これは2017年の作品だが、グルジアって本当にこんな感じなの?とかなり興味をそそられた。都心部だとまた違うのだろうけど……。
『ワーキング・マンズ・デス 労働者の死』(ミヒャエル・グラヴォガー監督/2005)
この映画を観られたことが今回の収穫。わりと衝撃的な映像も多く、とにかく見たことない世界、知らなかった世界が写っていて目が離せない。世界中のさまざまな場所で働く労働者の姿を6パートに分けて描く構成で、特に時間を割かれているのは、「ウクライナの炭鉱」「インドネシアの硫黄鉱」「ナイジェリアの屠殺場」「パキスタンのジャンク船解体現場」。インドネシアの硫黄鉱では、火山口付近の煙いっぱいで危険な場所から硫黄を担いで山を登っていく労働者の姿、頂上で記念撮影する観光客と労働者の対比など、その光景がとにかく圧巻。ナイジェリアの屠殺場も、かなり壮絶というか映像だけで匂い立つものを感じる凄みがあった。
「働く」という人間の営みについて色々考えさせられるし、人が働く姿を映像に収めてつないでいくことでこんなにも面白い作品になっているのがただただすごいと思った。監督のミヒャエル・グラヴォガーはマラリアで亡くなられたとのことで、今回のイメージフォーラム・フェスティバルでは彼の残した映像をつないだ遺作『無題』の上映もあったのだが、それは見逃してしまった……。ウルリヒ・ザイドルの『サファリ』公開(2018年初春予定とか)に合わせて上映されたりしないかな、それを期待したい。
『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』(ジャンフランコ・ロージ監督/2016年)
『推手<すいしゅ>』(アン・リー監督)
これまであまり観たことがなかったアン・リー監督作。2月公開予定の『ビリー・リンの永遠の一日』(英題:Billy Lynn's Long Halftime Walk)が良さそうなので、アン・リーの長編第1作目の『推手<すいしゅ>』(1991)を観てみたけど、しっかり普通に面白かった。
『ビリー・リンの永遠の一日』はラスト12分間のシーンで、映画史上初となる1秒間に120フレームを収める最新映像技術が使われているそうなのだが、それを映画館で観て他のシーンとの技術的な違いみたいなものが見てとれるのかどうか……そのあたりがとても気になる。ちなみに私は映画の技術面に詳しくないので、どういう感じなのか想像もつかないけれど、1秒間に120フレームってことは、視覚的にすごく鮮明に感じられるのかな?と予想するぐらい。そういえば 『ゼロ・グラビティ』公開時は、わざわざIMAXの映画館に行ってみたけど、そもそもIMAX非対応の劇場で同じ作品を観ていないから、はっきりとした違いはよく分からなかった……。でも、『ビリー・リンの永遠の一日』のラストシーンは、「イラク戦争の英雄となった青年がアメリカン・フットボールのハーフタイムイベントに迎えられるシーン」ってことで確実に象徴的で重要なシーンだろうから、題材に合わせて新しい技術を導入したという試みを含めて、面白そうだなと。
話を戻して、『推手<すいしゅ>』(1991)は、ニューヨークで息子夫婦と同居を始めた太極拳の師・朱老人を主人公にしたドラマ。英語しか喋れない息子の妻と、英語を喋れない朱さんは、ふたりきりで家にいる時間も意思の疎通ができず、お互いへのいら立ちが募るばかり。そんな折、朱さんが散歩に出かけて迷子になってしまい…。 この映画で、朱老人=異国の地で暮らすことになった年老いた父は、息子の嫁から疎まれてはいるが、実の息子からは尊敬され大事にされる存在として描かれている。単なるお荷物ではなく、朱老人は太極拳の名人であり、それを生業にしてきたプライドもあるところが、それぞれの人物描写を魅力的にしている。可哀そうなおじいちゃんみたいな描かれ方だったら、悲しくて観ていられなくなりそうだが、そうじゃないから面白い。中華料理屋の皿洗いのバイトのシーンとか良いんだよね。
この映画を観ていて思い出したのは、タイ系アメリカ人作家、ラッタウット・ラープチャルーンサップの小説『観光』。ツイッターで評判を聞いて手に取ってみたのだが、さらさらとした読み心地の良い文章ながらも、さまざまな感情を鋭く掬っていくような小説でとても印象的だった。本書は短編集で、その中の一編「こんなところで死にたくない」という作品は、息子の住むタイで晩年を過ごすことになったアメリカ人のお父さんの話。おじいちゃん扱いされて可哀そうな主人公が、最後に痛快な行動で気持ちを発散させるという流れが最高だった。年老いた父母の話なんて、以前はまったく惹かれなかったけれど最近はそうでもなくなったかも、大人になったからだろうか。『観光』は、この短編以外もとても素晴らしいのでおすすめです!
- 作者: ラッタウットラープチャルーンサップ,Rattawut Lapcharoensap,古屋美登里
- 出版社/メーカー: 早川書房
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『100人の子供たちが列車を待っている』(イグナシオ・アグエロ監督/1988)
おそらくレンタル版DVDが出ていなくて見そびれていたのですが、大きいツタヤにあったのでVHSをレンタル。本作は、チリ郊外に暮らす子供たちが映画の授業を受ける様子を捉えたドキュメンタリー。ソーマトロープとゾートロープを手作りして残像が動くイメージを体感しながら映画の起源を学び、手押し車の荷台に乗ってカメラを覗きながらトラベリング撮影をやってみたり、みんなで映画のテーマを考えて絵コンテを書いたりと、子供たちがワクワクするような授業のシーンは見ているだけで本当に楽しそう。ゾートロープとか小学校の授業で作ったら楽しいだろうな…。
ここに通ってくる子供たちの家庭は貧しく、ゴミ拾いや靴磨きをしながら自分でお金を稼ぎ、ノートや靴を買ったり、家計を支える足しにしている。そんな環境ゆえに、映画を観たことがなく、この教室で初めて映画というものに触れる子供たち。
子供にさまざまな教育の機会を与えてあげることがどれだけ大事かということを考えさせる社会的な作品でもあるけれど、「映画」教室というところが、映画好きにとってはたまらなく胸が熱くなるポイントだと思います。この教室が何か実用的な技能を教えてくれるわけではないけれど、幼い頃に「ああそういうものが世の中にはあるんだなー」と知ったときの喜びがあふれまくっている、そんな作品でした。
映画教室の様子をメインに、自宅や仕事場で過ごす子供たちのインタビューが時折挿入されるだけのシンプルな映像のなかにも、当時のチリの状況がはっきりと投影されていて、みんなで映画を作るとしたら、「何をテーマにするか」という授業では、子供たちは「デモ」をテーマに選び、フィルムのコマを想定した模造紙に自分たちが目にしたデモの様子を描きます。
映画の最後、子供たちはみんなでバスに乗って映画館へ出かけることに。取り立てて劇的なシーンはないはずなのに、どれもキラキラしていて素直に良いと思える映画でした。
最近、絵本をさがしに国際子ども図書館に行ったのですが、必ずしも「子供のときに好きだった絵本=内容が子供向け」というわけではないんですよね。この作品のなかで子供たちが見る映画も、子供向けのアニメーションだけではないところが良いなと思いました。ちなみに私は映画が好きですが、両親ともに人混みが嫌いだったので映画館に初めて行かせてもらったのは結構遅かった気がします。
『クローズ・アップ』(アッバス・キアロスタミ監督)
『ジャクソン・ハイツ』 (フレデリック・ワイズマン監督)@第13回ラテンビート映画祭
たしか昨年の東京国際映画祭で上映されていて、それを見逃したきり、次はいったいどこで観られるのかと諦めかけていた。フレデリック・ワイズマンの特集上映は、自分が記憶する限りだと、東京に暮らすようになってから約10年経つなかで3回くらいはあったと思うが、どれも予定が合わなかったのかな。とにかくほぼ観ることができてなかった。
本作は、ニューヨークのクイーンズ区にあるジャクソン・ハイツ地区の日常をひたすら撮り続けたドキュメンタリー。中南米をはじめ、インド、パキスタンなど各国のコミュニティが存在するこの地域と、人々の集まりの場をカメラは捉えていく。例によって、ワイズマン作品はナレーションがないので、様々コミュニティの活動…セクシャルマイノリティのパレード、南米からの移民が集まるセンター、立ち退きを命じられた商店の外国人労働者のミーティングなどを、淡々というか…延々と写すだけなのだが、本当にただただ面白い。カメラの存在など意識されない状況で、多様な境遇の人たちが集まる場の様相と、そこで発せられる言葉のエネルギーみたいなのを見続けるだけなのだけど。
フレデリック・ワイズマンは1930年生まれだから、86歳。新作情報を聞くたび、ご存命でなお現役ということに感激する。次に特集上映をするのはいつだろう…と思いながら、『アスペン』も『セントラル・パーク』もきっと『ジャクソン・ハイツ』と同じスタイルだろうけど、絶対面白いに決まっている。
『チリの闘い』(パトリシオ・グスマン監督)@ユーロスペース
パトリシオ・グスマン監督による三部構成のドキュメンタリー映画。去年、『真珠のボタン』を観て初めて知ったパトリシオ・グスマン。『チリの闘い』は1975年から78年にかけて制作された作品で、2015年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されたのが日本初上映にあたり、世界的には有名にもかかわらず日本に紹介されるのが遅れたドキュメンタリー作家とのこと。
1970年、チリでは選挙によって成立した世界初の社会主義政権が誕生。サルバドール・アジェンデ大統領は労働者階級を中心に民衆の支持を得ていたが、右派の保守層やアメリカ政府との軋轢が生まれ、チリの社会は混乱を極める。やがて、アメリカからの支援を受けた軍部によるクーデターによりアジェンデ政権は崩壊。本作はこのクーデターに至るまでのチリ国内の政治的緊張を描く。
よくこんな映像が撮れているものだと思える記録映像が続きますが、この軍事クーデターの後、グスマン監督は逮捕・監禁されるも処刑の難を逃れ、フランスに亡命。奇跡的に撮影済みフィルムは国外に持ち出され、こうして今上映されているわけですが、公式サイトの解説を読むと、撮影はほぼ秘密裡に行われ、カメラマンは撮影後に行方不明となったなど…数々の苦難を乗り越えて仕上げられた作品だということが分かります。
今日9月11日のユーロスペースの上映では、太田昌国さん(民族問題研究/編集者)のトークをあわせて聞くことができ、当時の時代背景とチリ情勢についての説明は、本作を理解する手助けになりました。トークで印象に残ったことをざっくり要点だけ書くと、
・1970年に成立したサルバドール・アジェンデ政権は、社会主義政権だが民主的な“選挙”によって成立した政権(これは歴史的にとても珍しい)
・映像を観てもわかる通り、ブルジョワ階級と労働者階級の人たちの身なりや暮らしぶりには大きな差がある。チリは貧富の差が大きい国
・チリの基幹産業は銅鉱山で、国に大きな利益をもたらす産業なので国有化という流れになるが、お金になるがゆえに多国籍企業やアメリカによる妨害が起こった
などなど、共産主義の脅威を感じていた時代とはいえ、アメリカのやり口ってすごいな。。時代状況が全く違うけれど、日本にも石油とか鉱山とかお金になる産業があったら、アメリカの占領後、今とは異なる関係性になっていたのかも…なんてことも考えました。
1973年の9月11日、米国CIAの支援を得たピノチェト将軍率いる軍部はクーデターを断行。その後、ピノチェトによる独裁体制は約16年にわたって続く。9月11日のこの出来事について、私はこの映画を観るまで知りませんでした。
と思って調べてみたら、ピノチェト政権下についての本はたくさんあるようで、G.ガルシア・マルケスのルポルタージュっていうのもあるらしい。
戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険 (岩波新書 黄版 359)
- 作者: G.ガルシア・マルケス,後藤政子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1986/12/19
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『チリの闘い』公開にあわせて、先月アテネ・フランセでやっていたパトリシオ・グスマンの特集上映。残念ながら行けなかったけれど、他作品も全部面白そうなのでお願いだからまた上映してほしい。